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熊澤英昭の息子

熊澤英昭の自宅や経歴・年収が話題に!息子殺害の動機がヤバ過ぎる!

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東京練馬区に住む農林水産省の元事務次官を務めた熊澤英昭容疑者が息子である熊澤英一郎氏を刃物で殺害したことで逮捕されました。

なぜ、事務方のトップまで上り詰めた熊澤英昭容疑者がこの様な事件を起こしてしまったのでしょうか?

という事で今回は、熊澤英昭容疑者が起こしてしまった事件の動機や事件現場である自宅や経歴・年収までお届けしたいと思います。

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熊澤英昭の自宅住所は?

この画像が事件現場となる熊澤英昭容疑者の自宅なのですが、特定されています。

この事件現場は、東京都練馬区早宮4丁目13−27でマップで確認するとこちらです。

出典:グーグルマップ

赤ピンが立っているところが熊澤英昭容疑者と熊澤英一郎さんが一緒に捨ていて事件現場になった自宅です。

出典:グーグルマップ

報道であった画像と角度も似せて添付しているのですが、それにしても本当に立派な自宅ですよね。

ちなみのこのストリートビューは、2018年5月とちょうど1年前に更新されたもので、熊澤英一郎さんがまだ同居する前で、一階の雨戸は開いており、報道であった雨戸は閉めっぱなしだったという異様な雰囲気は全く感じられませんよね。

そこで少し気になったので地価相場を調べてみたのですが、平均で坪単価133.7 万円で、最も高い氷川台駅9分圏内は坪単価169 万円となっていて、めちゃくちゃ高い坪単価で驚きでした。

熊澤英昭の経歴・年収が話題に!

ここでは話題になっている熊澤英昭容疑者の経歴と年収についてお届けしたいと思います。

熊澤英昭の経歴

東京大学法学部を卒業後、1967年に農林省(現在の農林水産業省)に入省。

入省後は大臣官房の総務審議官を務め、畜産局・経済局を歴任。

1998年に農林水産審議官になり、2001年に農林水産省の事務次官に就任しています。

ですが、牛海綿状脳症(狂牛病)が発生し政治問題化すると、当時の農林水産大臣の武部勤氏が、

  • 『感染源解明は酪農家にとってそんなに大きな問題なのか』
  • 『そんなに慌てることは無いです。また更にBSEは発覚しますから』

と暴言を連発しその責任を取らされるような形で、事実上の更迭され、2002年に退官しています。

退官後は、2005年から3年間チェコ駐箚(ちゅうさつ)特命全権大使を務め2008年には農協共済総合研究所理事長を務めています。

軽く年表形式にまとめると下記のようになります。

  • 1967年 - 農林省入省。
  • 1998年 - 農林水産省農林水産審議官。
  • 2001年 - 農林水産省事務次官。
  • 2002年 - 農林水産省退官。
  • 2004年 - 農協共済総合研究所理事長。
  • 2005年 - チェコ駐箚特命全権大使。
  • 2008年 - 農協共済総合研究所理事長。

熊澤英昭の経歴

まずかこちらの画像をご覧ください。

この表は、国家公務員の給与という内閣官房内閣人事局からのもので、驚きの金額が掲載されていました。

なんと月額の給与というのが総支給額で141万円で、年収にすると驚きの『2300万円以上』になるのです。

そう考えると退職金についても相当な額をもらっていたことが伺えます。

しかも、退官後もチェコ駐箚特命全権大使という天下り先を用意されており、年収に関しても安定して高給が支給されていたことでしょう。

ですが、ここまで真面目にやられてきた熊澤英昭容疑者ですが、この様な事件を起こすということは、真面目さが仇になってしまったのでしょうか?

とても、引きこもりという言葉について考えさせられる事件ですね。

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熊澤英昭の息子殺害の動機がヤバ過ぎる!

6月1日、東京都練馬区に住む熊澤英昭容疑者(元農林水産省事務次官)が一緒に住む息子の熊澤英一郎さんを刺殺した疑いで逮捕されました。

この日は、自宅の隣りにある小学校の運動会で、長年職につかず引きこもりだった熊澤英一郎さんが運動会の騒音で、うるさいと激怒。

息子の怒りを収めるべく話をしにいった熊澤英昭容疑者がその時に刃物で刺したということなのです。

そこで気になるのは、なぜ話をしにいった熊澤英昭容疑者が口論になったにせよ、その場で刃物を振りかざし、10箇所以上も刺してしまったのかということ。

殺害された息子の熊澤英一郎さんは、10年以上実家を出ており、亡くなる10日前に実家の戻っていたのですが、そのたった10日間の間でも家庭内暴力があったと言い、普段からストレスを抱えていた熊澤英昭容疑者はその10日間が辛かったのではないかと思われます。

しかも、熊澤英昭容疑者は川崎市登戸で起きた殺傷事件を知り、自分の息子と照らし合わせたのでしょう。

  • 『引きこもり』
  • 『ゲーム』
  • 『小学生』

決して引きこもりでゲームをしているような方が必ずしもこの様な事件を起こすというわけではないのですが、このキーワードが頭をめぐり、息子が川崎で起きた事件と同じ事をするのではないかと直感的に感じたのかも知れません。

そこで予め、運動会をやっている小学校に川崎の事件のように刃物を持って怒り任せていないように、熊澤英昭容疑者が刃物を用意して口論に向かったのかも知れません。

でも、ここで腑に落ちない点があるのですが、76歳の父親がいくら刃物を持っていたからと言って44歳の熊澤英一郎さんが無抵抗のまま10箇所以上も刺されることはないと思います。

熊澤英昭容疑者が感じたと言われる『熊澤英一郎さんが第三者に危害を加える』ということは阻止できたのですが。

実際のところ、この犯行動機に関しては、賛否を呼んでおり、全大阪市長の橋下徹さんも

『僕が熊沢氏と同じ立場だったら、同じ選択をしたかもしれない。

本当に熊沢氏の息子に他人様の子供を殺める危険性があったのであれば、刑に服するのは当然としても、僕は熊沢氏を責められない』

とツイッターを更新しています。

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ネットの反応

本当にこの事件は、難しい問題で普段の家庭内暴力に耐えかねて、逆に熊澤英昭容疑者が普通に殺意を持ってしまったのかも知れませんし、本当に今から小学校に乗り込んで第三者に危害を加えるサインなどがあったのかも知れません。

息子の熊澤英一郎さんは亡くなっているので肯定も否定もできないので、この事件の争点になるのかも知れませんね。

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最後までご覧いただきありがとうございました。

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