渡辺正昭駅伝監督のパワハラ・体罰問題がヤバい!でも経歴もすごい! - そらてん日記

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渡辺正昭駅伝監督のパワハラ・体罰問題がヤバい!でも経歴もすごい!

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またもやスポーツでパワハラ問題が報じられました。

今回、白羽の矢が立ったのが日体大駅伝部監督渡辺正昭氏。

そこで渡辺正昭監督のパワハラや体罰の実状や、すごいと言われている経歴まで調べてみました。

渡邊正昭監督のプロフィール

名前 渡辺正昭(わたなべ まさあき)
生年月日 1962年11月22日
年齢 55歳(2018年9月現在)
住所 愛知県新城市
職業 日体大駅伝部監督
協会役職 日本ウエイトリフティング協会常務理事
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渡辺正昭駅伝監督のパワハラの内容は?

今回話題に上がっているパワハラですが、渡辺正昭監督から受けた数々のパワハラが原因で選手は次のようの答えていました。

  • あの人(渡辺正昭監督)の顔を見ることさえ耐えれない。
  • 渡辺正昭監督がいる以上日体大で走る事はない。
  • 本心は、もう一度箱根を走りたかったし、できれば実業団でも走りたかったが、今は走る事自体が嫌になった。

この最後の言葉は、日大アメフト部を思い出させる言葉ですが、走ることが好きだった選手をここまで変えてしまったパワハラの内容とはどのようなものでしょうか?

調べによると、渡辺正昭監督のパワハラとも取れる態度が就任当初からあったと言われています。

その時は、「俺についてこれない奴はいらない」という高圧的な態度で、その時から選手たちの間では言葉の暴力が日々のストレスとなっていました。

朝5時から始まる朝練では、走行中隊列が乱れるとペースを崩した選手に対して「もう練習に来なくていい!部をやめて、大学からいなくなれ!!」

と罵倒しまくり、挙げ句の果てには練習参加を許されず、そのまま干されていく選手も…。

ここまで頑張ってきて目標の箱根駅伝と思っていても渡辺正昭監督の一言でその夢多一瞬にして絶たれることもあったと言います。

1人の選手が、遅れた選手の背中を頑張れという気持ちで背中を押したところ、渡辺正昭監督から「何してるんだ!もう練習から離れろ」恫喝され、その一言で気持ちが抑えられなくなり、「辞めます!」とグランドを後にしました。

すると、マネージャーを通して「出ていくんだったら、荷物をまとめて寮から消えてくれ!」と聞かされた事。

他には、走り込みの練習が原因で疲労骨折をした選手にたいして、普通なら監督なら医務室に連れていくなり、何らかの心配をするのが指導者と思うのですが、渡辺正昭監督は「ざまぁみろ!」と怒鳴り、「お前はチームのガンだ!」と罵ったことも。

さらに、陸上部を辞める生徒が「僕を走らせる気があるのか?」と確認したところ、「ハナっからお前を走らせるつもりは無いから練習にも大会にも出るな」と渡辺正昭監督はの言葉。

今までも同じようなケースで部員が辞めて行っているのに我関せずだったそうです。

その際に暴力を受けてできた傷がこちらです。

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 渡辺正昭監督の体罰の内容は?

この体罰は遡る事9年前の2009年1月に、保護者から体罰を指摘され「行き過ぎた指導をした、2度と行わない」と誓約書を書きます。

その時の体罰というのが、顔殴って鼻血を流す事もあったり、顔を晴らす事は日常茶飯事で合宿の際は、貧血で倒れた選手に対して、顔面を平手打ちをして鼓膜を傷つける2週間の怪我まで負わせていました。

この誓約書で体罰がおさまったかと思いきや、再び体罰が行われました。

その時の体罰というのが、

  • 「デッキブラシで部員の頭を叩き頭を縫う怪我を負わせる」というもの。
  • 女子生徒に「怪我して動きに精彩がが無い」という理由でなんども平手打ち。

愛知県の教員委員会がこの件を重く見て調査をした結果、2008年から2012年の間で体罰が33件あり、2013年にその結果停職4ヶ月の懲戒処分になり、渡辺正昭監督は自ら辞任しています。

すごいと言われる渡辺正昭監督の経歴とは?

個人的にはただの暴君にしか見えないのですが、その反面、経歴がすごいと話題になっています。

渡辺正昭監督は愛知県の新城東高校卒業後、日体大に進学し駅伝部で選手として活躍していました。

駅伝部での成績としては、1984年の箱根駅伝のでは、6区で4位(1時間01分51秒)の成績を出しています。

その後、日体大を卒業し愛知県立一宮高等学校の陸上部の監督を務め、1993年から問題になった愛知県立豊川工業高等学校の陸上部監督に。

渡辺正昭監督の豊川工業高等学校への指導は20年も続きました。

2013年に辞任されてしまったのですが、その20年に間で弱小チームで無名だった豊川工業を1998年から2011年までの14年連続で全国高校駅伝に出場させ、2004年には全国2位にまでの成績を残しています。

その偉業とも入れるこの経歴が評価されPTA関係者から指導継続を求める署名が3万8000人分が集められ、辞職から1ヶ月後には、学校外ではありますが、一部の選手に対して指導を開始しました。

その際に陸上部の半数にあたる(26人中)14人が指導を受けていました。

新しく赴任した陸上部の監督は、一体どういう気持ちで残りの生徒を指導していたのでしょうね?

その後、渡辺正昭監督は辞任騒動があった1年後の2014年に日本体育大学荏原高校陸上部を指導するようになりました。

その際にも、渡辺正昭監督の赴任と同時に豊川工業高校陸上部の生徒8人が転校しています。

ここまで暴力だの暴言だの体罰だのと話題になっている渡辺正昭監督ですが、8人の生徒が渡辺正昭監督の経歴や実績を評価して転校していますし、なによりその生徒たちの親御さんまでもが支持しているとなると、とてもすごい経歴・実績なのだと認めざる終えません。

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最後に

渡辺正昭監督の経歴はとてもすごいものだという事は3万8000人分の署名で十分すぎるぐらい伝わったと思われますが、その反面怪我を負わされた生徒さんやパワハラにより退部まで追い込まれた生徒さんがいるのも事実です。

昔ながらの指導が決して今の時代にあっているとは思えませんし、なにより体や心に残る傷を負わせるなど絶対にあってはならない事です。

指導者ならなおさらその点を注意しなくてはならない存在だと思いますので、この先の進展が気になります。

今後新たなる情報が上がり次第、追記していきます。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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