樹木希林死去 内田裕也が最後の言葉!ガンの状況や一時危篤の真相 - そらてん日記

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樹木希林死去 内田裕也が最後の言葉!ガンの状況や一時危篤の真相

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平成最後の年にまたもや大女優の樹木希林さんが9月15日に亡くなられていたことが報じられていました。

以前から樹木希林さんはガンを患っているとの報道でしたが、一部では全身ガンは嘘じゃないのか?と噂が上がっていました。

そんな樹木希林さんなのですが、ガンは確実に進行していたようですね

ということで今回は、樹木希林さんが患っていた全身ガンについてや、ガンの状況。

一時危篤から回復していたことまで詳細をお届けしたいと思います。

樹木希林のプロフィール

出典:FNN

本名 内田 啓子(旧姓:中谷)
生年月日 1943年1月15日
没年月日 2018年9月15日(75歳没)
出生地 東京都千代田区
死没地 東京都渋谷区
血液型 A型
職業 女優
ジャンル 映画・テレビドラマ
活動期間 1961年 - 2018年
活動内容 1961年 - 文学座に入団
配偶者 岸田森(1964年 - 1968年)
内田裕也(1973年 - )
著名な家族 内田也哉子
本木雅弘
内田伽羅
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樹木希林のガンの状況は進行していた?

樹木希林さんは2013年3月8日に開催された第36回日本アカデミー賞で最優秀主演女優賞を受賞しました。

その受賞スピーチのときにご自身が全身ガンであることを告白。

センセーショナルなスピーチがとても印象的でした。

ガン発症からの状況というのが、2004年6月にご自身で胸を触診してみたところ違和感を感じ、樹木希林さんは乳がんだろうなぁっと思いつつも、中々病院に行かず、3ヶ月後の9月に入ってから病院で診察を受けました。

案の定、樹木希林さんの予感は的中し、乳ガンであることが診察によって判明し、医者は胸の摘出手術青提案。

ですが樹木希林さんは、すぐに手術をうけることはなく、仕事の都合上で手術を翌年の1月になって片方の乳房の全摘出の手術を受けました。

その仕事の都合というのが、年末年始の風物詩である「お正月を写そう」でお馴染みの富士フイルムのCMに対する責任からだと言われています。

術後は、女優に復帰し今までどおりの生活を送られていましたが、2008年に容態が一変。

ガンが再発し、「皮膚・腸・副腎・脊髄」に転移が見つかり、樹木希林さんは全身ガンと診断されてしました。

結果的には13箇所に転移してしました。

ですが、樹木希林さんが撮った行動というのが生活の質を低下させないでなるべく今までのように仕事をしていつもどおりの成果ると考えたそうです。

そのため、手術や抗癌剤治療は一切受けず、樹木希林さんが選択したのが鹿児島県に有るUSAオンコロジーセンターという病院で四次元ピンポイント放射線治療を受けました。

この治療により、転移したガンが見つかるとその度にピンポイントで治療を受けていたようです。

それにしても、当時の樹木希林さんは全身ガンをご自身で公表しているのにもかかわらず、ガン患者という素振りは全く見せず、公表してから数十本の映画やドラマ・声優業などをこなし、ガンは嘘じゃないのか?という噂まであったくらいでした。

その後は、2014年1月16日に約1年半をかけたガン治療が終了した事を公表していました。

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内田裕也の言葉一時危篤から回復も虚しく死去

出典:https://entertainment-topics.jp/

多くの方が報道によってご存知だと思いますが、樹木希林さんは8月13日に知人宅で転倒し、左大腿骨を骨折をしました。

その治療として15日に手術を受けています。

その後は、ガンの影響もあり気管支が弱く「一時危篤に陥った」と婿の本木雅弘さんが明かしました。

しかし、樹木希林さんは危機を脱し容態が落ち着いたためリハビリを初めたことを語られていました。

その会見は、もちろん本木雅弘さん1人だったのですが、樹木希林さんからの意向もあり、イラスト付きで「細い糸1本でやっとつながってる 声一言もでないの しぶとい困った婆婆です K.KIKI」とコメントを寄せいていました。

意味合いとしては首の皮一枚つながっていると言った内容だと思います。

しかも、しぶといば婆婆と樹木希林さんらしいユーモアたっぷりのコメントですよね。

ですが、その時から樹木希林さん自身は死に対する何かを察していたのかも知れません。

そのため、樹木希林さんは病院を退院し、渋谷区の自宅に戻り15日に亡くなられました。

以前にも樹木希林さんはインタビューで、孫もいて女優として仕事があって、畳の上で死ねて本当に幸せと語られていましたが、ご自宅の畳の上でコメント通り、最後を迎えました。

そして、最後の最後は、別居中の旦那である内田裕也さんに内田也哉子さんと本木雅弘さんが電話し、スピーカーをオンにして意識が薄れゆく樹木希林さんに声を聞かせてあげたと言われています。

生前、樹木希林さんは亡くなる時には内田裕也さんがアニマルズのカバーをしている「朝日があたる家」歌を聞きながら逝きたいと語られていたぐらいですので歌ではありませんでしたが、内田裕也さんの声を聞きながら最後を迎えられ、16日に葬儀を執り行われ、葬儀には内田裕也さんも出席され近親者のみで執り行われました。

その後の内田裕也さんは、報道陣に対して「あまりに突然で…急だったので、大きなショックを受けている」と心の内を語られました。

それにしても独特な夫婦間だった樹木希林さんでしたが、内田裕也さん以上にロックな人生を送られてのではないかと思います。

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最後までご覧いただきありがとうございました。

 

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